私は悪くない。 私を理解できない周囲がバカなんだ!

皆さまこんにちは。
人生で最も影響を受けた本は? と聞かれたら必ず挙げる本があります。

大槻ケンヂ氏の小説『グミ・チョコレート・パイン』


高校生が主人公のドロドロ青春小説です。

この一言に人生が変わりました

「俺に友達がいないのは俺が悪いんじゃない。

 俺を理解できない周囲がバカなんだ!」

見事に刺さりました。
お子様ランチのライスに立っている旗のようにど真ん中に刺さりましたよ。

酷い言葉なんですけどね。
自分軸で感謝を忘れずに生きるために必要な言葉だと思うんです。

このセリフ、何が良いかって

なかなか表立って言えないセリフだからですよ。

こんなん言うたら確実に友達なくしますやん(そもそも居ないけど)

でもねぇ、
本当はみんな、心のどこかで持っているセリフだと思うんです。

「周囲がバカ」は言い過ぎかもしれませんけど
「自分の世界の良いもの」と「他人の世界の良いもの」が一致しないケースはよくあります。

たとえば

A「宇治金時おいしいよ~」
B「あんこ嫌いなんで」
A「えー! 人生損してるよー」
B「私の人生にあんこは必要ない!」

みたいな。
「あんこのおいしさを理解できないアナタ、残念だよ~」
って、思うじゃないですか。

「あんこが好きな私って…。ダメなのかしら……」
なんて思わないじゃないですか。

「周りが悪い」って思っていながら
「自分が反省しなきゃ」って言い聞かせてしまうと
精神崩壊するとおもうんですよね

当時私も高校生で、友達ができなかったんです。

「なんで私って友達ができないのか」
「私のどこが悪いのかしら」

と反省する日々を送っていました。

そこにこのセリフですよ

俺を理解できない周囲がバカなんだ

ガツン来ました。

本当は思っていた感情。
でも、これを認めてしまうと、私は「人間と劣っている人」なんじゃないか。
嫌われたら怖い。
だから、この感情は見なかったことにしよう

そこにこのセリフですよ。
この声に気づいたら世界の捉え方が変わりました。

「そうだ、確かに私はそう思っていたんだった」
「こう思っていいんだ」

いま考えるとシフトして正解だったとおもいます。

そもそもなんで私に友達ができなかったかというと

声を掛けてもらうのを待っていたから。

自分から声を掛けようとはあまり思わないのに
「私は声を掛けられて当然」みたいなことを思っていたフシがある。
(いま考えると本当ウザいな~ 何様?)

その根本を考えると

他人軸ばかり気にしていたから に他ならないのだと思います。

その後
受験が始まったころ、学習塾をきっかけに友達を作れるようになりました。

「周囲がバカなんだー」と思えるようになると気分が軽くなります。
そして、自分軸で生きられるようになります。
自分軸で生きられると、心が満たされていきます。
満たされれば、「周囲がバカだ」という気持ちが昇華されて
感謝の気持ちが生まれます。

だから、本当にこの言葉、好きなんですよ。

「私が悪いのではない、私を理解できない周囲がバカなんだ」って