「説明できない」は「理解していない」と同じ!?

「話下手=理解していない」と思われる

「読書会行ってみようかな」

転勤後の新しい担当にも慣れてきた11月のこと。
ふと読書会に行こうと思い立った。

仙台に居た時は東京で読書会に参加できることが憧れで仕方なかったのだが
いざ現地に来てみると日常に追われてしまって参加しようという思いに至らなかった。

日常の業務に慣れてきて、新鮮な空気が吸いたくなった。

11月だったからかもしれない。

我々の日本人の1年は元旦に始まり、大晦日で終わる。

しかしそれは一般論であり、別の考えもある。
誕生日スタート説である。

誕生日の前の月は体調を崩したり、トラブルを抱える人が一定数いるという。
誕生日に1年分の運気がチャージされ、11ヶ月後にはガス欠寸前になるのだ。
私はこの説を支持している。
12月生まれの私にとっては、だいたい11月はパッとせず、12月になると楽しいことや新しい挑戦が始まる。誕生日はその人の “新年” なのだ。

そんな新年に向けて、私は新しい挑戦をしたくなり、会社近くで開催されている読書会へ参加することを決めた。

場所は会社と最寄り駅の中間地点でどちらからも5分で到着できる場所だった。
時間は朝7時開始。8時には終わりになり、そのまま皆出勤するようになっている。


♦♦♦

結果、その朝、私は何ともモヤモヤした気持ちを抱えてその場を後にすることに

なってしまった。

「本を理解している」ということと「人に上手く伝えられる」ということは別だと考えていた。とくに読書家のひとは内向的な人も多く、話があまり上手くない傾向もあると思われる。


しかし、実際はそうではなかった。


『本について上手く話せない=内容を理解していない』
というのが世間一般の見方だ。

「もうちょっと内容を理解したほうが良いよね」
と言われたのだ。読書家のプライドが折れた瞬間だった。

もともと話すより人の話を聞く方が好きだ。
何かを表現するのであれば、口頭より文字の方が気が楽だ。
口頭で話すのであればPPTなどの資料ないと不安である。


とはいえ、その状況に甘んじていても仕方がない。
営業の仕事をしている以上は、人に何かを話して興味を持ってもらうスキルは最重要課題である。多分営業の仕事でなくても同じだろう。

読書好きであれば、多様な価値観に対して寛容であるべきだというのが私の考えだ。
話し上手な人も、話下手な人も、色々居る。それらの違いを面白がるべきだ。
しかし、郷に入っては郷に従えというとおり、その場のルールに従う(ルールを面白がる)というのも一つの処世術でもある。

喋るための準備

次週の読書会に向けて、入念に準備をすることを決めた。


特に気を付けたのは「内容説明の充実」である。

これは日本の教育の悪しき習慣でもあると思うのだが
小学生の夏休みには読書感想文を書かされる。
「内容だけで終わらせてはダメ。感じたことや考えを書きなさい」
と何度も言われてきた。

だから、感想を発表することが最重要と思って発表してしまった。

よく考えたらわかることだが、
読書会というのは他人が知らない書籍を紹介する場である。

そんな中でいきなり感想を述べてしまうのはとてもズレている。

よく考えたらわかることだが、良く考えなかった。
それを今回指摘されてしまって恥ずかしい思いをした。

「第3者が理解できる説明ってどんなだろう?」

そんなわけで、内容についてあらゆる方面から話せる準備を行った。

特に女性は準備を入念に行わないと不安になってしまう性質があるらしい。
ドイツ首相のメルケルやIMF代表のラガルドも事にあたる時に全方面から調べ、不意を突かれる質問をひどく嫌っているらしい。

そんな彼女らに倣うかのように、私も思いつく限りの内容説明をノートに書きだした。
 本の著者のプロフィールついて・本の長さについて・本の構成について・類書との違いについて・書籍のコンセプトについて・個人的に心に残った箇所について・読了後に得られたメリットについてetc.

書き出しただけでは喋れなかった。
実際に5回くらい口に出してみて、ようやく口語になる。
5分の説明を5回。訂正や反省の時間を含めると、5分のプレゼンのために1時間かけていることになる。

声に出してみると話の構成で支離滅裂になっているところに気付く。
同じことをついつい繰り返してしまっていることに気付く。
しっかり書いたはずの箇所が、案外中身がスカスカであることに気付く。

ここまでやらないと人前で喋れないのは私だけなのだろうか?(かもしれないけど)
 みんなやっているけども恥ずかしくて言えないだけなのだろうか?

話すときにA4用紙1枚に要点をまとめて話す、という人は聞いたことがあるが
話す前に入念にリハーサルをするという人は聞いたことがない。


家で練習をしようにも、夫に聞かれると恥ずかしいので、
夫がお風呂に入っている時間を狙ってコソコソブツブツボソボソと練習したのだった。


それはさておき、こうして翌週の読書会ではきちんと話し切った。
質問も複数いただいたので成功したほうだろう。

この経験は結構面倒ではあったが、
営業の外周りでも同様のことを試してみると、客先滞在時間が明らかに長くなった。
(飛び込み営業なのであまり話し込むことは少ないのだけど)

ブログに対しても同様だ。不特定多数への発信に於いて、きちんと内容を示すことが大切だと気づき、出来る限りで内容を簡潔に説明するクセがついた。

「説明できない」は「理解していない」と同じなのだ。
しかし、それを乗り越えると、プライベートでも仕事でも、良い効果が現れる。

今日のひとこと
・「説明できない」は「理解していない」と同じ
・説明はメモ書きでは上達しない。練習あるのみ。