【ブログで自己肯定感を高めた日記 12】東京の読書会-前編

自分の書いている読書ブログの反応を知りたくなった私は、読書会参加して口頭発表をしようと試みます。仙台市内の近所でデビュー戦を果たし自信を付けた後はもちろん、上京を狙います。(デビュー戦の様子はこちら)

読書会のグラウンド・ゼロは何と言っても東京!

―東京。それは日本の首都であり、ビジネスの中心地。
働くことに高い意欲を持つ若者も無数に集まる都市。
彼らは自己研鑽を求めて朝早くから読書会に参加する―

読書会に参加しようと考える上で、やはりどうしても東京という都市は外せません。
意識の高い人から、ワイワイ楽しみたい人たちまで、読書会というものが多種多様に開催されていました。

2022――これから10年、活躍できる人の条件(神田昌典著)」によると、

幕末・吉田松陰の松下村塾も実態は読書会だったという説もあることから、時代の変革期を目前にして何か知識と人脈を求める風潮が強かったのかもしれません。

なお、現在は読書会ブームは下火になっている模様。
「時代の変革期を目前」が終わり、もう変革期に入っちゃったんでしょうね。
とくに準備していないけど大丈夫かな……(;’∀’)

さて、「東京 読書会」で再度検索を掛けてみた私。


「多い! 多すぎる! どれを選べばいいかわからんわーーーーー!!!」

仙台市の片隅で発狂しておりました。


一例をピックアップしてみるとこんな感じ。

【「知識の幅を広げたい」というだけの意識の低い人お断り!読書は行動しなくては意味が無いんです!我々は東京スカイツリーよりも意識が高い集団です!】

【毎日、会社と家の往復だと味気ないですよね?我々の読書会で、異業種交流しませんか?】

【身近に本について語り合える人ってなかなか見つからないですよね。小説を持ち寄って熱く語りましょう!!】

大きく分けると、意識の高さを競い合いたい人たち集団と、社外に人脈を広げたい集団。

余談ですけど、私はずっと不思議に思っていました。

読書会を主催している人たちって
それ以外の場所にも居場所を持っている人がとても多いんです。

読書会に参加したら、けっこうな確率で「金融セミナーもやっているので参加しませんか?」とか「仏教ワークショップやってます! こちらもどうですか?」などの勧誘も受けたりします。

これって、主活動があって、読書会は客寄せのためにやっているのでしょうか?
それとも、読書会で繋がった人脈で、自然と第2の活動場所が出来てくるのでしょうかね?
(もし知っている人がいたら教えてください)


で本題に戻ると、私が上京読書会第一弾に選んだのが……

【東京スカイツリーより意識の高い読書会】

でした。


若いな、自分。


読書ブログを始めたきっかけが「営業スキルを伸ばしたい」だったので、必然の選択でもありました。

自分の持っている向上心がどこまで通用するものなのか知りたいですし、
意識の高い系の人たちに囲まれた方が自分の成長度が高いと考えたからです。
運命的な出会いを果たして、共同経営者として起業とかもしてしまうかもしれない。(期待しすぎ)

東京の読書会当日

時間は土曜日の朝7時。
意識高い=朝早い、というのは鉄則です。

そんなわけで、自分のスキルアップにつながる
記念すべき日を楽しみにしてその日を待ったわけですよ。
前日である金曜日。事前の予定確認メールを貰う。
翌日を楽しみに終業後の新幹線に飛び乗り、都内某所で前泊までしたわけですよ。

で、


で、当日。


結論から言うと





「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 寝坊したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

開始予定は7時。
目覚めたら朝7時半。今から支度して猛ダッシュしても8時は必ず超えるだろう。
ここまで寝坊すればもう、焦るどころか居直ってしまうレベル。

「すみません。寝坊しました。本日の読書会、キャンセルさせてください。せっかくお席を確保してもらったのに、申し訳ございません。本当にすみませんでした。」

慌ててメールを打つも、先方も呆れてしまったのでしょう。
音沙汰がないまま昼を迎えました。

チーン。

あの読書会は私に合っていたのか?と老子と荘子

あれから5年以上経った今だからこそ思います。
多分、あの読書会は私には合っていなかった。(参加していないから推測ですけどね)


まず、身体的な理由。
うつ病の人は朝にとっても弱いんですよ。
「しあわせホルモン」ともよばれる脳内伝達物質のセロトニン。

うつ病の人はこれの体内生産量が非常に少ないんです。
セロトニンは寝ている際には体内でほとんど生成されないので、
朝起きたときの気分がものすごく重い。

朝のコンディションが最悪で、昼から調子が上がるうつ病さんは多いそうです。

朝から活動するぞ! と意気込んで、失敗して、自己嫌悪になって……という悪循環を起こしやすいので、うつ病の人は朝の活動は無理に行わない方が良いのかなと思います。




次に、考え方の違い。
人の思想って、ざっくり分けて2種類あると思っています。
「老子的な人」と「荘子的な人」

老子的な人は、『大上下下有之』のイメージです。

最も理想的な君主は、民衆に存在を知られている程度。
次に良い君主は、民衆がその功績を讃える様な君主。
その次は厳しく民衆が恐れる様な君主。
その次は民衆から愚かだと侮られる君主である。

『理想の人物像はこれだ!』というタイプですよね。



一方荘子的な人は『万物斉同』のイメージです。

人はとかく是非善悪といった分別知を働かせるが、
善悪というのは人が後付けで決めたものでしかない。
正しいとか劣っているとか考えること自体間違えだ。

『いろいろな考えがあって良い』というタイプですよね。


「理想を求めるて努力する」老子と、「何でも許容する」荘子。
私としては、荘子タイプでありたいといつも考えています。

そもそもどんな読書会が存在すべきかというという問い自体が、何でもあって良いと思うのですが、やっぱ

「自分に合ったタイプを選ぶのが大事」

これに尽きると思います。


そういう意味で言うと、「意識高い! 切磋琢磨!」というタイプより
「いろいろな意見を聞きたい」タイプの読書会を選ぶべきだったんだろうな~と、今となっては思います。


で、結局次の再挑戦では、昼に開催される読書会で、「いろんな意見を聞きたい」タイプの読書会に参加するのでした。

つづく

きょうのひとこと
・うつ病の人は、朝活は張り切らないほうが身のため
・自分が老子的な考えか、荘子的な考えか、見極めよう

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